是川銀蔵について

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是川銀蔵の投資のスタイルは経済・歴史など過去に起こったことを元に相場を組み立てています。 入念に準備をした上で動く姿勢はかっこよさすら感じさせます。

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是川銀蔵とは

是川銀蔵は、日本の投資家であり相場師。 是川銀蔵(これぎん)は、明治30年貧乏な家庭に生まれ小学校を卒業すると奉公に出されました。 事業で何度も成功しますが、昭和恐慌や戦争で無一文となる波乱万丈の人生を送っています。 恐慌を経験したことから資本主義に対して懐疑的になり、図書館に3年間通い詰めて世界情勢、投資理論を独学しました。 日本セメント、同和鉱業、不二家、丸善石油、平和不動産の株買い占め仕手筋戦で活躍しました。 最も有名なのは、住友金属鉱山の菱刈金山の発見(世界一高品位の金山で精錬コストが安価)を材料にした大相場。 この儲けで一躍長者番付日本一になり、最後の相場師として話題を呼びます。 最期は財産を残しませんでしたが設立した是川財団は奨学金を支給する慈善事業を行っています。

相場師一代 是川銀蔵

著作に、『相場師一代』(小学館文庫、1999年)がある。 「最後の相場師」と言われた是川 銀蔵氏の自伝。16歳の少年が単身満州に渡り、商売での成功と挫折を繰り返し、 株の世界で93歳まで現役で活躍する様を著している。

住友金属鉱山 是川銀蔵

1981年9月に金属鉱業事業団が鹿児島県の菱刈鉱山で金鉱脈を発見したと発表した。 是川は朝鮮で鉱業を営んでいた時の経験に基づき、いち早くこれに注目し住友金属鉱山株の買い占めを行う。 買い占め前の8月安値203円から翌年4月には高値1230円まで株は高騰となった。 是川は約1500万株を買い占め200億円の巨利を得たとされている。1982年3月末に住友金属鉱山を720万株を保有し第7位株主となった。 1983年に発表された高額納税者番付では申告額28億9090万円で全国1位となった

是川銀蔵 格言

●投資五箇条 1.銘柄は人が奨めるものではなく、自分で勉強して選ぶ 2.二年後の経済の変化を自分で予測し大局観を持つ 3.株価には妥当な水準がある。値上がり株の深追いは禁物 4.株価は最終的に業績で決まる。腕力相場は敬遠する 5.不測の事態などリスクはつきものと心得る ●カメ三則 1.銘柄は水面下にある優良なものを選んでじっと待つ。 2.経済,相場の動きからは常に目を離さず自分で勉強する。 3.過大な思惑はせず,手持ちの資金で行動する。